1日目
忘れていた子どものよいところを想いだそうという気になれた。
5日目  
子どものいいところを考えている自分がいて、うれしい。
11日目  
いつも子どものいいところをさがそうとするようになった。
きっとよくなると少しずつ思えるようになった。
13日目  
子どもがいろいろとお手伝いをしてくれ、なおかつ家族に喜ばれている。
役に立てている事がうれしいという気持ちになってほしいなぁと思い、
感謝の気持ちを言葉に出したり、小さなことでも気づいたらメールで伝えたいと思った。
15日目
これから寝るまでに何かいいことがあるかしら・・・?と、気になってきた。
改めて息子にはいいところがあったんだということを想い出し、この気持ちを大事にしようと思った。
色々な自分がいていいんだと思った。
16日目
今まで子どものことを観てるつもりだったことに気づいた。
子どもは、何でも自分で考えてやれる力を持っていると思えた。
17日目
素直に子どもに感謝している自分がいた。
肝心な話は、ちゃんと聞いてくれていると思えた。
19日目
この状況がよくなるために、自分自身が強い気持ちをもたなくては、と改めて思った。
嫌なことがあっても、視点を変えてみると、そうでもないこともあるなと思えた。
21日目 
自分の心を常に豊かにしておくことは、とっても大事なことだと思った。
22日目
日常の会話では、どんどん話しかけようと思う。
たまには、返事をしてくれるので・・・聞いてないということはないみたいだ。
話しかけるタイミングは大事。
23日目
父親が隣の部屋で寝たのに気づくと、テレビをイヤホンで見るようにしてくれた。
今までと同じことでも、捉え方や気持ちの持ち方で、全く違ったものに感じる。
第三者の目を自分の中に持つ事が大事。
子どもは、自分で成長する力を持っている。
24日目
物事を客観的に見る心のゆとりが常に必要だなと思った。
25日目
無意識のうちに、つい自分の都合で物事を考えている私だったことを深く反省。
兄弟、同じように接しているつもりでも、そうではなかったことに気付いた。
27日目
昨日気づいたことで、何となく息子の気持ちが分かったような気がする。
何だか優しい気持ちになれそうな気がする。でも、その気持ちがちゃんと息子に伝わるかしら。
28日目
自分は手抜きが多い割には、変に几帳面なところがあり、結構それを息子たちに押し付けていたような気がする。
その性格、上の子には、何だか受け継がれちゃったみたいで、親子だなぁと思った。
29日目
上の子も下の子も、同じ環境で同じものを食べて、同じように育てたつもりだったけど、
自分の気持ちの持ち方は、今思うと違っていたかなぁと思う。
きっと下の子のときは、気持ちにゆとりがあったのだと思う。
30日目
本気で行動していることは、周りに伝わるということ。
31日目
どんなことでも、一度やめてしまうと、もう戻れないことが多い。
細々でもあきらめず、続けることが大事。(継続は力なり→ 結構好きな言葉です)
32日目
言い方によって、こんなに反応が違うものなのかと思った。
やはり、前頼んだときの言い方がよくなかったみたい。
33日目
上の子が中学生のころ、下の子と親子3人で夢中になって読んでいたコミックがあった。
たまたまそれが映画になるという話題を息子がインターネットで見ていて、
私が気が付くと、もう一度、繰り返して見せてくれた。
何か共通の思い出とか趣味とかから話すきっかけを見つけると、口数は少ないながら反応があるので、
その辺から会話のきっかけを見つけてみようかしらと思う。
34日目
息子の好きなビーフシチューを作っておいた。
夕方、帰宅したら、一人で半分くらい食べちゃってた。作っておいて良かった!
35日目  
おばあちゃんからの電話を、とっても喜んでいた。
36日目
具体的に、息子の好きなことを大事にするって、何をどうすればよいのか、考えているところです。
37日目
やっぱり会話は大切だと思う。とくに家族の間ではなおさら。
38日目
昨日頼みごとがあったので、「お願いしてもいいかしら?」と言ったら、スムーズにいきました。
やっぱり言い方一つですね。「もうひとついいかしら?」で、持ってきてもらうものもばっちり。
39日目
こちらの話しかける事に対して、ぶっきらぼうながら、たまには返事をくれるようになっている。
朝ごはんの用意を手紙に書いておいた。
いつもと違う調子で「○○があるからいかが?」という感じ。そしたらちゃんと食べた。
40日目
何事も客観的に考えたり、見たりすることを忘れないようにしようと改めて思った。
どこかに出かけた様子。でも帰ってきてから、ちゃんと家で夕飯を食べた。
41日目
息子と話していて(というか話しかけていて)まだ自分が出てきてしまうことがあって・・・おっといけないと反省(よく考えてから話そう)
42日目
几帳面+心配性は子どもにとっていい迷惑? 
この1週間、息子の立場に立って、物事を考えられたかしら? まだまだなように思います。
43日目
今までは息子に話かけるだけで必死だった。
息子が返事をしやすいように話かけることが大事だとわかってよかった。
息子の立場になって話をするようにしよう。
帰宅して慌ただしく夕飯の支度をするとき、ちょっと手伝ってもらおうと思った。
大事な一言「頼んでいい?」と訊いたら、「何だよ」と返事。「○○やって」と言ったら、即やってくれた。
44日目  
息子が返事をしやすいように意識して言うようにしたら、
首をたて・よこにふるだけだけど、ちゃんと返事が返ってくるようになった。
45日目
少しずつ私自身も自然に息子に話しかけられるようになってきた気がする。
私自身の気持ちも明るくなっていると思う。
46日目
彼の態度がほんのわずかだけど(1%くらい)やわらかくなったような気がする。
夕飯後お風呂上がりのくつろいでるとき、魔法の言葉「お願いがあるんだけど」と言って頼んだら、
私が洗ったお鍋をすぐにふいて片づけてくれた。
47日目
話しにくい人というのは、自分の周りにものすごいバリアを張り巡らしている。
私たち親子も、知らず知らずのうちに、あんなバリアを張り巡らしていたのかしら?
48日目
息子は、ものすごく恥ずかしがり屋だから、自分の感情や思いをあまり表面に出さない。
私にもそういうところがあるのでわかる。
49日目
人は今まで行動してきた結果しか得られない。
これは当たり前のようでいて、意外と忘れているものだと思った。
自分の考え方のクセ(自分では気づいていないものも含み)が招いた結果といった方がいいかもしれない。
朝りんごをむいておくが、いつも食べないことが多い。
今日は、一言、手紙をそえておいたら、食べてあった。ヤッタネ! 
50日目
自分のまわりにいる人たちと(家族、友人、同僚etc)仲良くやっていくことの大切さを改めて思った。
ほんの少しでいいから相手を思いやり、自分を客観的にみられれば、できることだと思う。
昼間自分の食べた食器やコーヒーメーカーなどきちんと洗ってしまってある。
お蔭で帰宅後すぐに食事の支度が始められるので本当に助かる。
夕飯は家族そろって食べた。
51日目
今日は疲れているので、マイナス思考になっている。
自分の体調をよくしておくことも、大切なだと思う。
52日目
何でもやり始めたら、続けることが大事だと思った。やめてしまえばそれまでだ。
明日、おじいちゃんとおばあちゃんが病院に行く日なので、付き添ってくれるらしい。
53日目
こっちの気持ちが伝われば、ちゃんと息子から返事がくる。
雨の中、おじいちゃんとおばあちゃんの病院に付き添ってくれた。
54日目
きのうの夜、私の言った言葉に対して、思わず笑ってしまった息子。
久しぶりの笑顔に何だか気持ちが和み、こっちまで嬉しくなった。
夕方メールでお願いごとをしておいたが、メールに気がつかなかったらしく、帰ったらやっていなかった。
「あら?メール見なかった?」と言ったら、すぐやってくれた。
55日目
つい心配が先にたってしまう自分のクセが改めてよくわかった。
自分こそ、一番変わらなければいけない。
56日目  
母のことを思い出しました。
きっともっと生きていたかったというメッセージを私たちに送っていたのかもしれないと思い、
だとしたらきっと幸せだったんだろうなと思って、ちょっとホッとしています。
昨日おばあちゃんのところで、お昼を食べた時、自分のお皿は自分で洗ってしまっていた。
57日目
下の息子が家を出て5年がたった。
離れて暮らしているけれど、肝心なことはきちんと報告してくるので、基本的に心配はしていない。
カウンセリングで、一緒に過ごす時間の長さより、信頼関係の方が大事と言われたが、こういうことだと思った。
58日目
自分の置かれた立場や位置を改めて意識して、色々な人に感謝できたこと。
自分で自分を変えていかなければ、何も始まりません。
今日は昼からおばあちゃんのところに行って、夕飯も食べてくる。
59日目
今日もおばあちゃんのところに行っている。夕飯も食べてくる。
すべてのものに感謝する気持ちをもつと、自分の心が穏やかになる。
60日目
どんな小さなことでもいいと思ったことは、ほめてあげよう。ちょっといい空気が流れるので。
61日目
何年か前、息子と話をしたとき、仕事は探すつもりだと言っていた。
このままではいけないことを一番よくわかっているのは、、息子自身だということがその時よくわかった。
改めて今朝、そのことを思い出し、これを深く胸に刻んでおこうと思った。
62日目
体調の悪い私に、どこがどう悪いかと聞いてくる。そういう時は、とっても心配してくれる優しい子です。ありがたいです。
しんどかったので、お風呂掃除を頼んだら、すぐにやってくれました。
おばあちゃんちに持っていく予定の郵便物を持って行ってくれました。
63日目
年齢と共に若い時には何事もなく過ぎていたことが、だんだんしんどくなってくる。
健康を維持するのに、時間とお金がかかるようになってくる。
健康はすべての基本なので大事にそいなければと改めて思った。
私が体調を悪くした日、久しぶりにカレーを大量に作った。ところが私が食べられなくなってしまい、
いつまでも残っていたのを、今日すっかり食べてくれた。
64日目
家族3人そろって夕飯を食べました。何も言わなくても、黙って、
私の作ったものをガツガツ食べてくれるのだから、それでよしとしなくては。
65日目
少し前まで朝(昼)起きてくると、すごく嫌そうな顔をしていたが、今日はふと見ると、目の表情が柔らかくなっていると思った。
少しでも心の状態がよくなっていればいいのになぁと思った。
66日目
いくつになっても“いい出会い”というのは、あるものだと思う。
その出会いをしっかりとキャッチできる目と心を持ち続けたいと思った。
用事があっておばあちゃんのところへ行けない私の代わりに、もっていくもの、持ってきてもらうもの、みんなやってくれる。
67日目
昨日の夜、息子を見ていたら自然に「いつもありがとう」と言っている自分がいて、自分でちょっとびっくりした。
夕飯の支度のとき、片づけものを手伝ってもらった。
68日目
学生時代、目標に向かって頑張っていたころは、自分も一緒に夢に向かっていた。
それをいつのまにか見失っていたことに気付いた。
息子が今、目標としているであろうことを自分の夢として共有していれば、いいのではないかと思うのです。
夕方帰ってくると、いつもきちんと自分の使った食器を片づけてある。
今日は夕飯が一人で遅くに食べていたが、後片付けまでちゃんとやってくれる。
69日目
相手の気持ちを丸ごと受け入れるということが、今までできていなかったということがわかった。
おばあちゃんがお雛様を飾りたいと言ったら、息子が手伝いに行き、押入れの出し入れから、飾るまでを全部やってくれた。
70日目  
息子は仕事をしていないというだけで、あとは生活が乱れているわけでもなく、きちんと自己管理ができている。
これは相当、意志が強くないとできないこと
だと思う。その性格を前面に出して長所と捉えられるようになると、一歩先に進めるのではないかと思う。
どうすれば本人がそれに気づくかしら?
それにはどんなに小さなことでも、ほめて認めてあげるのがいいのではないかと思う。
それもちゃんと伝わる言葉で・・・(むずかしい、できるかしら?)
夕飯の後片付けのとき、他にやることがあったので、食器を洗いっぱなしで置いておいたら、
息子が「やるよ」と言って、すっかり拭いて片づけてくれた。
71日目
少し前までは夜中に起きていると、電気代もかかるし、お夜食のガス代もかかるし、節約にならない・・・と気になっていた。
でも最近は、どこにいい情報があるかも知れず、必要経費と思えるようになってきた。
健康の面でも気になっていたお夜食も、最近はお風呂上がりに少しお酒を飲むくらいで(それも毎日ではない)、ほとんど食べていないようだ。
たぶん自分でも少し太ってきたことを気にして気をつけているのだと思う。とくに私が何も言わなくても、ちゃんと自覚しているようだ。
72日目
自分の子育てを振り返ってみて、気づいたことがある。
それは良い所を認めて伸ばしてあげるより、悪いところを直そうとする方に力を注いでいたのではないかということ。
友だちと仲良くできるように、その中に入っていけるように・・・と、そればかり考えていたように思う。
何しろマイペースな子なので、きっとそれは迷惑だったに違いないと、今なら思えるのに・・・その時はわからなかった。
下の子だって同じのはずですが、あの子はそもそも友だちの中心になっているような子だったし、
私の言う事をはねのける力があったから、違う結果になったのでしょう。
その辺の違いもわからなかったんですね。
というより、わかっていても、どうしたらよいのかわからなかったんだと思います。
それに気が付いたら、今からでも、遅くないでしょうか?
73日目
一流の人たちは、素人の私たちに対しての接し方も一流です。決して上から目線にはなりません。
もちろん的確な指示はありますが、あくまでも一緒に楽しめるように持っていってくれます。
自分の才能+努力を他人の何倍も積み重ねてきているんだと思います。
それも現在進行形で。これは本当に見習うべきことだと思います。
このシートで先生から書いて頂いたように、人間にはどんな才能が眠っているかわかりません。
息子も自分の好きなことが見つかれば、きっと気づいた時には改めて努力なんて思わずに努力しているようになるでしょう。
自分も含めて日々精進できたらいいなと思いました。
おばあちゃんのところへ行ってくれました。
急におばあちゃんだけ病院へ行くことになり、おじいちゃんと一緒に留守番をしてくれるそうです。
74日目
自分の都合を押し付けられることほど、嫌なことはないと思った。
息子に対して、日々、自分の都合を押し付けていなかったか反省。
75日目
息子は自分がやることがあれば、きちんとその責任を果たすことができるので、それをちゃんと認めてあげようと思う。
おじいちゃんの家の掃除に行ってくれた。助かるし、安心だし、
本人にとっても、自分の仕事という自覚に繋がっているのではないかと思う。
76日目
きちんと話をすれば、ちゃんと聴いてもらえる。
そして感謝の気持ちも、言葉にして伝えなければ、思っているだけでは伝わらない。
朝、顔を合わせたので、頼みごとをしておいたら、ちゃんとやっておいてくれた。
77日目
自分の気持ちが明るくなったなぁと思ったこと。
おばあちゃんの所へ行き、夕飯も一緒に食べてきた。
78日目
カウンセリングで、日常にたくさん落ちている宝箱があったことに気づきました。
というより、落ちているのは知っていても、その拾い方がわからなかったのです。
自分の感謝の気持ちを素直に言えばいいのだと思いました。
おばあちゃんが、病院に行っている間、おじいちゃんを見ていてくれました。
ちゃんとおばあちゃんをタクシー乗り場まで、つれていってあげて、帰りも迎えにいってくれるのです。(いつもです)
79日目  
二人の息子たちに本当に色々と助けてもらって、
今日までやってこられたと思い、二人を産んでよかった、授かって幸せだったと改めて思った。
感謝しなくては。
今日もおばあちゃんのところへ行ってくれた。私も安心していられる。
80日目
こちらが一生懸命、会話のチャンスをねらって話しかけても、中々タイミングが難しく、返事がなかったり、うるさがられたり・・・。
でもあきらめずに、少しずつ!!
81日目
4年前、仕事をやめた頃から、1~2年の間だったと思うが、
おばあちゃんのところへ全く行かない時期があったことを想い出した。
きっとどん底の精神状態だったのだろう。その頃に比べたら、
今これだけおじいちゃんやおばあちゃんのことを一生懸命、やってくれているのだから、かなり良い方へ向っているのだと思う
。だとしたら、これはとてもうれしいことだ。
今朝、やっておいてほしいことを手紙に書いておいた。帰ってきたら、ちゃんとやっておいてくれた。
82日目
考えてみると息子は、学生時代から必要以上のことは、あまりしゃべらない子だった。
だから日常の雑談が、あまり好きじゃないらしい。
こちらが望むような雑談的日常会話はなくても、ふだんからちゃんと気にかけている事を発信して信頼関係を築いておけば、
必要な大事な事だけ伝えておえばいいのかな?と思ったりする。
おばあちゃんから電話がかかってきた。「明日行くよ」なんて言っている。やさしいな。
83日目
昨日の夕飯のときのプチ事件について、朝、冷静に考えてみたら・・・
この間、カウンセリングでやったばかりだったのに・・・
その時の夫を丸ごと受け止めればよかったんだということに気づき・・・
「誰も気がつかないの?!」と言われたら、「そう気がつかなかった、ごめんね」と言えばいいし、
「全く気が利かない!」と言われたら、「本当に気がきなくてごめんね。気をつけるね」と言えば良かったのに・・・
息子の顔色ばかり気がいってしまって、咄嗟に対応できないバカな私・・・あぁやってしまった。
たぶん、夫は私以上に息子のことを心配しているから、些細なことが引き金になってしまうのだろう。
84日目
昨日の夜、なんだか寝付きが悪かったので、息子に対して「ありがとう」を30回くらい心の中で言ってみた。
そうしたら何だか、心が温かくなって、幸せな気持ちになって、すぐに寝られたみたいです。
85日目
ワークショップの行き帰りの電車で、この9マスシートを最初の日から読み直してみた。
何だか「結構私、がんばってるじゃない?」って思えて元気がでた。
同時にせっかくいいことに気づいていても、思ったように実行されていないものもあったりして
、ここは忘れないようにしなければ・・・と思ったり。
今日は雨の降る中、夕方おばあちゃんのところに行ってくれた
。ワークショップから帰ってきたら、いなくて夕飯はおばあちゃんちとメールがきた
86日目
毎日9マスシートに向き合っていたら、
最初の頃は本当に書くのが大変だったのに、最近はこの時間が楽しくなってきた。
少しは(というかかなり)気持ちが前向きになれているのだと思う。
今日は雨が続いて、おばあちゃんが買い物にでられないので、代わりに行ってあげるらしい(おばあちゃん情報)
いつもより早く、お昼前に出かけていった。
あまり大げさに“ありがとう”とか“うれしい”とか、“おばあちゃんも喜んでるよ”とか、
こっちは感謝のつもりで言っているが、小さな声で“うるせっ”とか言っている。
あまりそういうのが好きではないのだ。
(気持ちは伝わると思うが、あまりやっている感、目立ってる感が本人は好きではない、もともと)
その辺が難しいなぁと思う、さらっと“ありがとう、やってくれてるの知ってるよ”ということが伝わればいいのだけど。
たぶんその辺は息子もわかっていると思うけど。
87日目
おばあちゃんと話していて、息子のことを心配するおばあちゃんに、「絶対、大丈夫」と自信をもって言える自分がいたこと。
こんなに前向きになれたんだと思った。そしておばあちゃんまで「じゃ気持ちを切り替えるね」って言ってくれた。すごい!
先週、息子が飾ってくれたお雛様。私が「もう一度、見たいから」と言ったのを
ちゃんとおばあちゃんに言っておいてくれて、まだ片づけていなかった。
お雛様の片付けもやってくれることになっているらしい。
そもそも飾るのも、おばあちゃんが頼んだのではなく、自分からやってくれたらしい。
私が写真を撮っていたら、おばあちゃんが「来年飾る時の為に、大きく写真撮ってっていってたよ」という。
来年のことまで考えているなんて、すごい!! 何だか、とてもうれしかった。
88日目
息子は改めて、ほめられたり感謝されたりがどうも苦手らしい。
(こっちの言い方も悪いのかもしれないが・・・)
昨日、さりげなくひとりごとのように「おかあさん、うれしかったなぁ」とか言ったら、黙って聴いていた。
こういう自然な形がいいのだと思う。
あしたはおじいちゃん、おばあちゃんが病院なので、付き添ってくれる予定。
おばあちゃんは病院へ行くと疲れてしまうので、買い物も頼まれているらしい。
89日目
シートを見直したり、今までのことを思いだしたりして思ったことは、
何かあったとき、どうしても息子の顔色ばかり気にしている自分がいる。
これでは、物事の本質を見失ってしまう。もっと大事なところに瞬時に気づける自分にならなくては。
90日目 
今まで息子の欠点がとても気になっていたが、そう言えば欠点なんて、誰にだってあるものだし、
欠点の裏返しは長所なんだし、そんなに気にしなくてもいいんじゃないって思えるようになったこと。
私が夕方、体調を崩した。「なんだか、体中にかゆみがでているの」って言ったら、一生懸命観てくれた。
91日目
私が具合悪いと、それをちゃんと理解して行動してくれる。
気持ちが通じている事がわかり、うれしかった。
私の体調がひどくなり、朝、病院へ行くので、早く家を出た。
「お願いがあるんだけど・・・」と言ったら、うなずいて、すんなりOK.
朝ごはんの片づけを引き受けてくれた。(しかも、まだ寝ていたのだけど)
92日目
毎日のこのシートにむきあうが、毎日「こんなにいいことや気づき」があるものだと改めて思う。
日々、丁寧に暮らすことが基本かもしれないと思う。
93日目
少し前まで息子が家にいると、なんだか気になっていたが、
今は、ごく自然に受け入れられるようになったなぁと思った。
今日はお父さんがお昼を作ってくれるので、
「食べる?」って聞いたら、「食べる」そうで、「おっ、これはいい感じ」と思った。
94日目
体調がよくないと、考え方も弱気になってしまう。今日はどうも調子が出ない。
95日目
「笑顔」を忘れないようにしよう。これが忙しい日常では、つい忘れがち。気をつけよう。
お皿を拭くのを手伝ってもらった。
96日目
雑念は振り払って素直に想っていることを、息子に話せるようになればよいのだということ。
つい身構えてしまっている自分がいたということ。
実家に寄ったら、そのあとすぐに息子も来てくれた。「じゃ、おかあさん帰るから。あとよろしく頼むね。」
97日目 
頼んでいたことをやってもらえなかった。
今までだったら、文句のひとつも出てしまうところだが、
たぶん毎日、おじいちゃんやおばあちゃんのことで疲れているんだろうなぁと思ったら、
何だか気持ちがスーッと落ち着いて、むしろやってくれることに“ありがとう”という気持ちになれた。
自分でもうれしい変化だった。
今日もおばあちゃんのお手伝いをいろいろとしてくれたようだ。
98日目
先日、次男がきたとき、ずっと本を読んでいた。
子どものころは、あんなに読書がきらいだったのにと思ったら、
学校では読まされている感+読書感想文があるから、嫌いだったそうで
本当は好きな本だったら、いくらでも読めるし、吸収するし、楽しいと・・・
子どもの頃、嫌いだったからと言って、大人になっても嫌いとは限らない。
それだけ人間の可能性って広いんだなぁと思った。
今は嫌いなというか苦手なことでも、ずっとそうだとは限らないので、決めつけないことが大事だと思った。
今日も、おじいちゃんたちと夕飯を食べてきた。早くにメールをくれたので助かった。
100日目
書き続けた100日の間に、ずい分、自分のものの見方が変わったように思います。
まだまだ不安なこともありますが、この気持ちを忘れずに思い続けようと思う。
まだ体調がすぐれず、夕食の準備では、私が洗っておいたものを拭いてしまってくれました。



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